Scan0009今回のテーマは
「ことばの力を育てる家庭教育」

 

ことばの力は、学校で国語を勉強すればつくとお考えですか?

いいえ、全く不十分なのです。国語の試験の前にどんなことを勉強したらよいのか、わからなくて困った経験はありませんか?漢字の書き取りや、語句の意味くらいしか思いつきませんね。

 

範囲がわかっている学校の試験なら、この程度でも何とかなりますが、大学入試の問題ともなれば、全く無防備で出たとこ勝負、とにかく自分の能力のすべてを傾けて対処しなければなりません。

 

なんと経験不足、なんと知識不足、なんと鈍感!論理的なものはまだしも、感性・感覚が問われる内容になると、もうどうにもなりません。

 

ことばの世界がどんなに広く、奥深いか。書いた人の足元にも近づけないばかりか、その言わんとするところを理解して、論じ合うことなど、到底不可能です。

 

そんな難しいことではなく、算数の文章題が読めない子供たちがなんと多いでしょう。問題の内容をイメージできないのです。どんな状況なのか頭の中に描けないのです。文字(記号)が内容(概念)に変換できないのです。

 

計算をして答えの数字が出ても、はたしてそれでよかったのか、それがどんな意味を持つのかがわかりません。記号の操作だけ出来ても、これでは算数が出来たことにはなりません。

 

2年生が九九を憶えますが、九九を暗誦できたら大仕事が終わったように、後に続く掛け算の意味を教えるのが不十分なことがしばしばあります。そのために、掛け算の意味、使い方がわからず、割り算に入ると、「これ何算?掛けるの?割るの?」となるのです。

 

算数をするにも、ことばの力が欠かせないのです。日本語で教えられるので、日本語がわからなければ、すべての教科の入り口で、情報の獲得量に差が出てしまうのです。

 

日本語は、生まれたときから聞いて育っているのだから、年齢相応にできてくるんじゃないの?そのはずだったのです。しかし、個人差は大きいのです。ただ単に日本の家庭に育つだけでいいのかというと、そうではないと言わなければならない現状なのです。

 

 

名前を呼ぶのは、子供の人格に語りかけること

お子さんの名前を選んでつけたときの気持ちを思い出してみよう。それは、愛そのものではなかったか。祝福と希望に満ちていたはず。

 

その名前を単なる符丁のように、時には不正を摘発する検事のように、サボる使用人を駆り立てるように呼んでいないか。1日に1回でも名づけたときの気持ちで呼びかけてみよう。そうすれば、素敵な親子関係が引き出されていいことが起こる。

 

よい会話の時間を増やそう。(フィンランドの教育に学ぶ)

お母さんの言葉チェックしてみましょう。

 

「宿題やった?」「早く~しなさい」などのことばが、多くの割合を占めてはいないか。話して楽しかったという意味のある話がどれくらいできたか。テレビに占領されっぱなしで親子の会話ができなかったのではないか。

 

今、都会ほど減っている会話。核家族、塾通い。子供のことばの力を育てにくい生活環境。これらを改善して教育が成果に結びつく子育てができないか。

 

会話の中で、よい価値観、積極的な姿勢、明るい未来志向など、どれだけ多くのものを与えることができるか。大人が言葉を的確に使う。語彙を豊富にする。大人が勉強しないで、子供が勉強するようにはならない。

 

童謡・唱歌・歌曲・昔話の歌を歌おう

これらの歌の歌詞には、美しい日本のことばがあふれている。よい歌の中に日本の文化が謳いこまれている。

 

伝統的な言葉遊びをしよう

しりとり・なぞなぞ・カルタ・百人一首。小学生(低学年)へのお勧め。いまやほとんどやられていない「教科書の視写」、これは極めて有益だ。

 

最初は1文字ずつ見ては書き、見ては書きしていた子が、文節を覚えて記憶再生するようになる。ことばの塊を捕らえ、さらに1文を捕らえて、単なる記号の書き写し作業から、文を理解しつつ書き進むようになる。

 

文の構成(句読点の意味、接続詞の働きなど)を理解し、その言わんとするところを解するようになる。

 

単語を投げ合うような会話から、助詞、接続詞を使って、言いたいことが伝えられるようになる。小学4年生までやれば、話すことも作文も苦労しなくなる。